ストレス発散の代償。

 

 

2010年9月。私は体調を崩した。

多分、20年間のつけが回ってきたのだと思う。

 

 

殆ど依存症

 

私はビールが大好きだった。

これまで、よっぽどの体調不良でもない限りは毎日欠かさず飲んでいた。

仕事から帰宅し、まずは冷蔵庫を開けビールを一口。いや、3口。

それから夕飯作り、入浴、洗濯、洗濯物干し、昨日の洗濯物たたみ、

子供の世話、翌日の弁当作り、を同時進行で一気に行い21時には就寝。

帰宅して、ゆっくり腰を下ろすということは一切なく運動会のように走り回り、

その間350mlビール缶を2~3本は軽く飲んでいた。

ひどい時には、その後ハイボールを追加。角瓶を3日で飲み干すペースだった。

休日ともなれば、11時を過ぎると飲まなきゃいけないような気になり

昼間から普通に飲んでいた。

体調によっては、ビール2本を飲み終わるころに呼吸困難になってくる。

更に両腕両足に、じん麻疹が出てくる。

これは本当に体調によるので、こういった症状が一切出ない時もある。

呼吸困難の症状が出たら出たで、常備しているぜん息発作時に使っていた

気管支拡張剤の吸入をすれば治まった。そこまでしても、飲んでいた。

ところが、ある時この気管支拡張薬が効かなかったので立て続けに吸入した。

ナースにあるまじき行為である。その瞬間、貧血で倒れる感覚に襲われ、

そのままいたらスーッと死んでしまうのではないかという恐怖にかられ

フラフラになりながら起き上がり血圧を上げようと部屋をウロウロ歩き回った。

それでも倒れる感覚が治まらず怖くなり長男の部屋に飛び込んだ。

私がこのまま死んでしまったら、翌朝発見するのは子供達なのでそのショックだけは

避けなくてはいけないと思った。後に循環器を受診した時に、この気管支拡張剤で

命を落としている方が年に5人はいるとの話だった。

一命はとりとめたが、この時の恐怖感は以後5年先まで続くこととなる。

 

 

 

症状

 

冒頭で、20年間のつけと記したがストレス発散と称した「不摂生」である。

自分で自分の身体を壊した。壊している事に気づかなかった。

初めてこの説明のしようがない「不安感」というものに「り患」し、

初めてこの怖さを経験した。不安感に襲われると自分では、どうしようも出来ない。

この気持ちに潰されていく恐怖というものは、経験した者にしかわからない。

それでも私には仕事がある。子供も当時は、13歳と4歳。私だけが頼りだった。

この時期は本当に辛かった。TVを見ても全然頭に入ってこない。

むしろ、「また不安感が出たらどうしよう」とばかり考えていた。全然笑えなかった。

子供たちの顔を見ても、引きつり笑いにしかならない。

普通に会話していても何の前触れもなく涙が止まらなくなる。

布団に入っていても、不安感に襲われる。

通勤中のトンネルや雨、雪、などの視覚的な刺激や、何もしていないのにふとした時に

不定愁訴として、どうき、めまい、手の冷感、冷や汗、呼吸がしづらくなる、

倒れそうになる、そうなると負のスパイラルに陥る。

いつ起こるかわからないので、ビクビクしながら

毎日を過ごしていたが職場では、元気ないつもの私を演じた。

 

 

~~~~~次回へ続く~~~~~