続き

 

私なりの対処法

 

 

症状が出た時、いや、出そうになる時には「あ、くる」と分かるものがあった。

うまく説明できないが段々、体が変な感じになり前述した症状なるものが現れる。

この症状が出る前に、何かしら他のものに自分を集中させる事で気を紛らわせていた。

飴やガムを食べる、飲み物を飲む、身体を動かす、精神安定の掌のツボを押す、など。

身体を動かす事に関しては、私の場合は「整理整頓」と「掃除」「ヨガ」だった。

台所周辺、シンク下、部屋の片づけ。夜中に症状に襲われた時がとても大変だった。

睡眠不足も大敵だが当時はそれよりも症状に襲われることの方が恐怖だった。

ヨガは「月のリズム」を勉強し、それに合わせて行った。女性の身体は月の満ち欠けにとても影響がある。ヨガの時に行う腹式呼吸は、副交感神経を優位にし身体をリラックスさせるらしい。

そうやって気を紛らせながら過ごした。

あとは、身体を冷やさないように心掛けた。

これまでは、冬でも素足で過ごしてきたしこれといって温活など試したことなどはなかった。

「冷えは万病のもと」とは昔の人はよく言ったもので全ては「冷え」からきている。

冷蔵庫の中の飲み物は常温で飲む、氷を入れない、レッグウォーマーをする、

シャワーだけでなく40℃前後のお湯に半身浴、など。

レッグウォーマーは、夏は素材を考えて夏用のレッグウォーマーを使用。

レッグウォーマーだけでなくネックウォーマー、アームウォーマーも使用。

足湯を行う。足湯はそれだけで身体がポカポカになる。

ごぼう、レンコンなどの根菜を食べる。

漢方薬を飲む。漢方は長期間飲み続けないと効果が出ないと言うが、

自分の身体と漢方薬が合致すると効き目は早い。

昔ながらの「命の母」、これが私にはピッタリきた。血の巡りが良くなり肩こりも解消され、目のかすみがなくなった。

心身ともに安定し、1瓶飲み切るころには、だいぶ落ち着いてきて2瓶目で飲みきり終了とした。

こんな感じで現在も私なりに温活を実践中。

 

 

断酒

頑張って「断酒」というより、自然に身体がアルコールを受け付けなくなった。

以前は、体調によって呼吸困難になっていたがそれが、お酒を飲むたびに苦しくなってきた。

その頃は年齢が40歳になる年で「苦しくなるのを分かっていて、

そこまでして飲みたくない」と普通の考えに至ったのがきっかけとなり、

ビール⇒ほろ酔い⇒ほろ酔い半分⇒甘酒豆乳⇒という過程を経て断酒に至った。

無理して止めたのではなく、本当に自然に止められた。

以前の私の飲みっぷりを知る周りの人達は私の断酒を聞くと皆、もの凄く驚く。

飲みの席で付き合い程度なら飲むが、それでもビールは飲みたいと思わなくなった。

沖縄に行った時もあんなに大好きだったオリオンビールを一口も飲まなかった。

 

 

  • まとめ

精神的なものは、個人の性格、環境などで大きく左右する。私はたまたま事が大きくならずに済んだだけ。

そうならないように努力しても気分が落ち込んでしまうこともあった。

この経験がなかったら「不安感」や「アルコール依存症」の症状は一生理解出来なかっただろうと思う。

人によっては、経験しなくても良い事の部類に入るかもしれないが私はこういった経験が出来て良かったと思う。

自分を見つめ直す機会になり、自分を大切にしようと、初めて思えたから。

 

☘今、昔の私と同じように苦しんでいる方がいたらその方に、

少しでも楽になってほしくて今回、記事にしました。

何かのヒントになれれば光栄に思います。

 

 


ストレス発散の代償。

 

 

2010年9月。私は体調を崩した。

多分、20年間のつけが回ってきたのだと思う。

 

 

殆ど依存症

 

私はビールが大好きだった。

これまで、よっぽどの体調不良でもない限りは毎日欠かさず飲んでいた。

仕事から帰宅し、まずは冷蔵庫を開けビールを一口。いや、3口。

それから夕飯作り、入浴、洗濯、洗濯物干し、昨日の洗濯物たたみ、

子供の世話、翌日の弁当作り、を同時進行で一気に行い21時には就寝。

帰宅して、ゆっくり腰を下ろすということは一切なく運動会のように走り回り、

その間350mlビール缶を2~3本は軽く飲んでいた。

ひどい時には、その後ハイボールを追加。角瓶を3日で飲み干すペースだった。

休日ともなれば、11時を過ぎると飲まなきゃいけないような気になり

昼間から普通に飲んでいた。

体調によっては、ビール2本を飲み終わるころに呼吸困難になってくる。

更に両腕両足に、じん麻疹が出てくる。

これは本当に体調によるので、こういった症状が一切出ない時もある。

呼吸困難の症状が出たら出たで、常備しているぜん息発作時に使っていた

気管支拡張剤の吸入をすれば治まった。そこまでしても、飲んでいた。

ところが、ある時この気管支拡張薬が効かなかったので立て続けに吸入した。

ナースにあるまじき行為である。その瞬間、貧血で倒れる感覚に襲われ、

そのままいたらスーッと死んでしまうのではないかという恐怖にかられ

フラフラになりながら起き上がり血圧を上げようと部屋をウロウロ歩き回った。

それでも倒れる感覚が治まらず怖くなり長男の部屋に飛び込んだ。

私がこのまま死んでしまったら、翌朝発見するのは子供達なのでそのショックだけは

避けなくてはいけないと思った。後に循環器を受診した時に、この気管支拡張剤で

命を落としている方が年に5人はいるとの話だった。

一命はとりとめたが、この時の恐怖感は以後5年先まで続くこととなる。

 

 

 

症状

 

冒頭で、20年間のつけと記したがストレス発散と称した「不摂生」である。

自分で自分の身体を壊した。壊している事に気づかなかった。

初めてこの説明のしようがない「不安感」というものに「り患」し、

初めてこの怖さを経験した。不安感に襲われると自分では、どうしようも出来ない。

この気持ちに潰されていく恐怖というものは、経験した者にしかわからない。

それでも私には仕事がある。子供も当時は、13歳と4歳。私だけが頼りだった。

この時期は本当に辛かった。TVを見ても全然頭に入ってこない。

むしろ、「また不安感が出たらどうしよう」とばかり考えていた。全然笑えなかった。

子供たちの顔を見ても、引きつり笑いにしかならない。

普通に会話していても何の前触れもなく涙が止まらなくなる。

布団に入っていても、不安感に襲われる。

通勤中のトンネルや雨、雪、などの視覚的な刺激や、何もしていないのにふとした時に

不定愁訴として、どうき、めまい、手の冷感、冷や汗、呼吸がしづらくなる、

倒れそうになる、そうなると負のスパイラルに陥る。

いつ起こるかわからないので、ビクビクしながら

毎日を過ごしていたが職場では、元気ないつもの私を演じた。

 

 

~~~~~次回へ続く~~~~~