再就職

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退職後いつの間にか、つなぎのバイトを辞めていたお兄。

私は3月上旬に知る。

そして、寮付き家具家電付きの職場を見つけ、

12日に地元を出発した。

初の市外へ。

お兄が18歳の頃、行方不明になり色々あった

末に当時の職場であった建設業の寮にお世話

になった。

その時は不本意でそうならざるを得なかった

流れがあったが今回の様に自分の意思で一人

で行動に移したのは初めての事である。

 

今迄、裏切られた事数知れずなので大袈裟な

事はしたくないという、旦那の意向を最終的

には無視し、お兄の出発日の前日に祖母2人を

お誘いし、お祝い的なことを行なった。

 

地元から車で1時間半も走れば着く場所に引っ

越すわけだが、今迄のように頻繁には会えな

くなるわけで、そんな事を考えていたら何だか寂しくなってきた。

 

うまく説明出来ないが、子供の自立と共に子

離れしなくてはいけないのだ。

特に、お兄は誰も知らない所で誰にも頼れな

い環境で生活させないと、そういう経験をさ

せないとダメ人間になってしまう。

「させないと」という親心が通じたのか、お

兄は自分でその道を選んだ。

 

という事は、彼女とは遠距離恋愛??と思っ

ていたのだが、お別れすることになったのだ

そうだ。

 

「卒業」の時期に合ってるな…。

 

元々、彼女の家に転がり込んだ為、お別れす

るとなればお兄が出ていくしかないのだ。

実家には、居場所がもうないのだ。

お兄は、上京したいと前から言っていて兎に

角、地元から離れたがっていた。

なので、色々なタイミングが合致し今回に至ったのだと思う。

 

新しい職場は工場で3勤交代らしい。

高額な給与でもあり、まともに働けば余裕で生きていける。

車のボーナス払いの9万も余裕であろう。

まともに働けば、辞めなければ、の話だ。

そう。お兄は何せ続かない。。

せめて半年、1年がんばれ。

入寮して3ヶ月は寮費、光熱費がタダなのだか

らその分余計に貯金してごらんなさい。

少しずつでも貯金しないとダメです。

兎に角続ける。

でも、本当にキツい時には言ってきなさい

ね。

まず最初に父に。

精神的に追い込まれたら、取り返しのつかないことになる。

そうなる前にね、ちゃんと話してね。

 

母は、職場で自分で命を絶った人を何人も見てきている。

原因は様々だが、中にはお兄と同じ世代の男の子もいたのよ。

地元を離れ単身で寮に入り、何か思い悩み、自ら…。

そんな事にでもなったら、母は病気になるよ。

 

取り敢えず、初勤務を終え第1段階は順調な滑り出しのようだ。

 

このままうまくいってくれれば良いが…。

 

 

「この世で最も大変な職業は、親業である。」

 

どなたかの言葉であるが、本当にそう思う。

親になって初めて解る事というのは、当たり

前だが自分が親にならなければ解らない。

親の有り難さ、親心、子供を思う深い愛情、守るべき存在…。

親になると、自分の事だけを考えていれば良いとはならない。

生活スタイルも自分より、子供優先になる。

子供には、親の自分しか居ないのだ。

どこまで助けて良いか分からなくなる時もある。

あまり助けてばかりいては、子供が自立出来なくなる。

 

「甘えさせる」と「甘やかす」の違い。

「過保護」と「過干渉」の違い。

アンバランスだと子供の将来にかかってく

る。

子供の生まれ持った性格も関係するが、生育

環境は大切であり、その生育環境をもって更

に個々の性格が形成される。

どんな子供でも自分の子供は、我が身を削っ

てでも守らなければいけないと思っている

が、そのバランスが本当に難しい…。

私は先の事ばかりを考えて不安になる癖があ

るので子育ても、その時その時で対処していくしかないな。。

 

「そうなったら、なった時に考えよう!」

と、いつも自分に言い聞かせている。。

 

 

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骨折。

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折れとる。。。

 

2月19日。旦那、お兄、お兄の彼女と4人でスノーボードに出掛けた。

レベルとしては旦那は普通にスイスイ滑れ、お兄はまぁまぁ滑れ、

私はターンが出来るようになって3年目、お兄の彼女は初めてのスノーボードである。

場所は、表磐梯の猪苗代。

私はターンが出来るとはいっても、転ぶし中級コースでもひるんでしまう。

ゲレンデに着き旦那と私、お兄と彼女に別れた。

中盤で旦那とお兄は上級者コースへ。初心者の彼女と私は初心者コースでのんびり滑っていた。

旦那達、中々降りてこないなぁと思っていた時旦那から着信が…。

「足、やっちまった」

救護室へ運ばれたという。

私は、無茶をして怪我をしたと思っていたがそうではなかった。

お兄とリフトに乗っていた旦那は、リフトを降りる時お兄が左側から自分に寄って来たので、

よけようとして体重を右側に乗せたところボードにエッジがかかり固定された左首が内側に…。

そして「ボキッ」

ゲレンデスタッフの3回目の声掛けにようやく救護要請したらしい。

救護室に向かうと、旦那は左足首を固定されていた。

ゲレンデに着いて4時間の出来事。

そしてゲレンデを後にした。

地元について、そのまま整形へ。

この時点では、骨折していないかもという淡い期待をしていた。

レントゲンを撮る。

医師「うん。折れてるね。」

旦那は過去に仕事中、右足首にヒビが入ったことがあり同じ整形にお世話になったことがある。

「今回は、ご丁寧に左折ったの(笑)」と言われたそうだ。

面白い医師だ…。

旦那は、今後自分の趣味などに時間を費やすことはないと、

私の知らない間にスノーボード一式とウェアから小物を全て売ったばかりで、

今回乗り気じゃなく渋々猪苗代へ向かったのだ。

それなのに、挙げ句怪我をし仕事も休まなくてはいけなくなった。

旦那は、「やっぱり行かなきゃ良かった」とかなり自己嫌悪に陥っていた。

終いには「もう、ボードなんかやらない」と…。

でも、しかたないよ…。

折れちゃったものは…。

ギプス固定をして松葉杖の生活2週間。

レントゲンを撮る。

まだ骨がくっついていないのに、旦那は早く仕事に復帰したくてギプスを外してもらった。

ギプスの代わりにサポーターの生活1週間。

明日、再度病院という日の夜、左足首の腫れと痛みあり。

翌日、レントゲンを撮る。

医師「うん。ずれてるね。」

…ギプスはもう勘弁と、シーネ固定になった。

 

旦那よ、焦っても骨は付かないのよ。。

 

この1カ月、主夫になっている旦那。

しかも完壁に(笑)

私が帰宅した時にはすぐに夕飯が食べられる状態で、既に布団が敷いてある

湯たんぽも、もう布団の中にある。

洗濯物も畳んであるし、掃除もしてある。

次男の世話も完壁。

私は、その日の洗濯をして干すだけ。夕飯後の食器洗いも旦那がやってくれる。

 

あ~楽ちん。私に稼ぎがあれば、こんな生活も悪くないのだが(笑)

 

とりあえず、旦那の足よ。早く、くっつけ…。

 

 

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次男11歳一人部屋デビュー

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習慣

お兄が、彼女と同棲を初めて半年。

将来的には次男の部屋にと考えてはいたものの机の移動やら大変なので中々進まず…。

だが、事情が変わりこのタイミングで遂に次男の部屋を作ることとなった。

そしてリビングも模様替えした。

リビングにあったボロボロの3人掛けのソファーを廃棄しただけでリビングがかなりスッキリして広々とした。

次男の部屋の間取りは4畳半であるので、学習机と布団を小箪笥を持ち込んだらもういっぱいいっぱい…。

配置も限られてくるので、行動したら早かった。

最近次男はとても力がついてきたので学習机を運ぶ手伝いも出来、何かと使えるようになってきた。

自分の部屋が出来た初夜は、怖くて部屋の戸を開けていたが2日目からは戸を閉めて寝た。

この日から布団を敷く、自分の洗濯物を箪笥にしまう、目覚まし時計をセットし自分で起きる、起きたら布団を畳む、

を実践中である。最近では習慣になってきて、言われなくても自主的に出来るようになった。

夕飯後は「じゃ、部屋に行くから」と言い読書などをして過ごしている。

こうやって自立していくんだなぁと実感している。

外出も、殆ど一緒にしなくなりどうしてもという時だけかなり嫌々ついてくる。

ついて来た先でも、「帰りたい」「まだ帰んないの」「俺だけ帰る」連発である。

帰るまでずっとだ…。こんなことなら、無理に連れてこなければよかったと毎回後悔する。

 

2月から平日はゲーム禁止、日曜日だけ2時間OKとしている。

罰ではなく、チック症状をこれ以上酷くさせない為、一因と考えられているゲームから遠ざけることにした。

今までは、ほんの少しの時間でも「ゲーム」。次男を見ていて依存していると感じていた。

最近、WHOではオンラインゲームやテレビゲームのやりすぎによって日常生活が困難になる症状を

新たな疾病として定義し「国際疾病分類」に「ゲーム障害」として加えたという。

ゲームをしたい衝動が抑えられなくなり、日常生活など他のことより優先、

健康を損なうなど問題が起きてもゲームを続けてしまう特徴があるとしている。

このような症状が12カ月続き、家族や社会、学習、仕事に重大な支障が起きている場合

ゲーム障害として診断できるらしい。

次男の場合、現時点ではそこまで依存しているとは言えないが、このままいけば危うい。

そういうこともあり、平日はゲーム禁止令を発令した。

発令後イライラしたり、精神的症状が出てくるかと思ったがゲームなしの生活に

意外とアッサリ順応できている。

 

ゲーム依存になった中国だかの動画だが30代の無職男性が依存症で、

その男性の父親が男性の目の前でパソコンを壊した。

その瞬間男性は気が狂ったように泣き叫んでいた。

酷くなると親など歯が立たない。お手上げ状態になる。

日本でも「ネット依存」から抜け出すカリキュラムが組まれた合宿などがある。

親元を離れて暮らすらしい。そうなってしまっては大変である。

時間をきっちり決めて、メリハリをつける生活はとても大切だと、改めて思った。

 

 

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お兄、早くも退職の運び…。

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精神的ダメージ

…やっと、ブログを更新できる精神状態になった。

 お兄の就職。その後。

あれだけ、意気揚々と始まったわけだがやはり、現実は厳しかったらしい…。

以前、排せつ物の処理をしたことがあり「大丈夫」「平気」との事だったが、

朝から晩まで「下の世話」がメインの仕事となると考えていた以上の精神的なものがあったらしい…。

就職1カ月を過ぎた頃から、雲行きが怪しくなってきた。

お兄が住んでいるアパートは坂の上にある。スタッドレスタイヤを履いていない為

「自宅前の道路が凍っていて職場に向かえない」「頭痛」「吐き気」「発熱」

終いには「結構酷い自損事故」という理由で欠勤することが目立ってきた。

その時期、私は毎日職場の駐車場にお兄の車があるかチェックしていた。

あと2分で始業時間なのにお兄の姿が見当たらない。

毎日下駄箱をチェックし、靴がないとその日は朝から仕事どころではない。

昼食時まで様子を見て、お兄がまたしても休んだことを確認。

私は、スタッフに何度頭を下げたことか…。

それでも、お兄は「また一から始めるつもりで頑張る」と毎回奮起し出勤するのだが、

また休む。今年に入り、1月2日だけ出勤。

10日付けで退職となる1週間で私はお兄の本音を聞き出した。

理由は冒頭で記した通り。お兄が私と同じ職場を選んだ時しつこいくらい

「親子が同じ職場で働くということ」はどういう事か、就職後も伝えてきた。

だから余計、お兄は私の立場を考え本音を言えずにいた。

この仕事は、物理的に受け付けない人は続けるのは無理だ。

朝、出勤しようと車に乗るけど頭痛、吐き気が出現すると…。

これは完全にストレスからきていたもの。

「もう少しなぁ、頑張ってもらいたかったなぁ」

それが本音ではあるが、そこまで身体に拒否反応が出ている以上、

無理をさせて本格的に精神が病んでしまったらそれこそ取り返しがつかない。

私は、自分自身が病んだ経験があるし職場で嫌というほど見ている。

だから、何時も頭には「精神を病まないように」それを最優先している。

お兄が私の立場と自分の気持ちの狭間で葛藤して苦しんでいる現実を、

1日でも早く楽にしてあげたかった。

お兄が就職面接に来る時から就職中、「宜しくお願いします」「ご迷惑かけてすみません」

何度頭をペコペコさせたことか…。

そして辞めるとなればそれこそ陰でボロクソ言われるだろう…。

でも、自分にかかるそんな事はどうでも良かった。

そんな状態にあるお兄をすぐにでも楽にしてあげたかった。

辞める前、辞めた後と私はスタッフに暫くの間、挨拶のように謝罪の言葉を発していた。

お兄の就職から退職後までの気疲れ、ストレスが久しぶりに私の身体に出た

 

不安感

どうやら私は、本当は精神的に弱いらしい。また「命の母」に頼ることになった。

お兄が退職し約2週間後、出勤時に車の中で急に不安感に襲われた。

こんなことでまた不安感に襲われる弱い自分が嫌で

「あ~~~!!嫌だ嫌だ嫌だ。。。!!」

と口に出しその不安感にのまれないように行動した。

その後は不定愁訴に襲われることなく2月18日に至るが、予防のために

「命の母」に頼ることにした。でも、今回は3日間服用しただけで済んだ。

「飲まなくても大丈夫だな。」「あ、飲み忘れた!」

という感じで、今は服用せず過ごしている。8年前のあの時みたいにならなくて良かった…。

とにかく私は仕事以外のストレスに弱いことを改めて実感した。

特に子供のことには。

これからも子供以外にも色々なストレスと付き合っていかなくてはならない

その度に「不安感」に負けないように自分を強くもって生きていくコツは、

多分「ケ・セラ・セラ」「なんとかなるさ」「なるようになるさ」の考え方なんだと思う。

私は「こうなったらどうしよう」とか先のことだけを考えすぎてしまう癖がある。

だから自分の中でどんどん考えだけが先走り、一人で不安と戦う羽目になる。

分かっているのだが、そういう時って中々その負のループから抜け出せないもので本当に、

しんどいものである。

簡単に考えの方向転換が出来る人は、そもそも「不安感」などにはならない。

昔はこんなんじゃなかったのになぁ。

ブログのタイトルを「ケ・セラ・セラ」にしたのも自分に言い聞かせる為でもあり…。

これからもがんばって

プラス思考でいこうと思う^^

 

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二十歳の息子へ贈る言葉。

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何年か前に、どなたかが成人する息子に手紙を書いた。

それは、ありきたりな堅苦しいものではなくとてもユーモアがあり、

「親離れ子離れ」「自立」「愛情」を感じるもので私は感銘を受けた。

そして、同じように実践してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

育児満了のお知らせ 

誕生日をもちまして(父)(母)は(子)の育児を終了させていただきます。

20歳 注意事項

・年金の加入。これは今の職場勤続中なら心配しなくても良いでしょう。

  今後、転職の際は将来困らないようにきちんと「年金」「社会保障」を念頭におきましょう。

・法を犯すとTV、新聞に実名と顔写真が載り更に、前科が付きます。

・酒、タバコが堂々たる態度で購入できます。飲酒運転をすると、また勉強しなくてはならなくなります。

・月に3千円でも、5千円でも貯蓄をしましょう。塵も積もれば山となる。

 母は、その塵で何度も窮地を乗り越えてきました。塵を軽んじてはいけません。

・借金は作らないように。お金に追われる生活になります。

       これからの人生を楽しんで下さい。

 

こんな感じで、どなたかの愛ある手紙を有難く真似させていただき我が息子に手紙を製作した。

そしてそれをご祝儀袋に入れた。次回、お兄に会ったら渡そうと思う。

第一次育児終了。おめでとう、私(笑)

 

 

 

 

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二十歳の贈り物。

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財布

2017年12月。

ん~…。どうしよう…。お兄に二十歳の贈り物…。

もうブランドにも興味がある年頃だろうし、かと言って何のブランドが好きなのか分からない。

サプライズでプレゼントを考えているので、聞けないし…。

もう、「現金」を贈ろうかと考えていたところたまたまネットで「オリジナル革製品」なるものを見つけ、

お兄が財布を欲しがっていたことを思い出し、即決した。

クリスマスに彼女と2人で来る予定だった為その時に彼女にも何かプレゼントを、と考えていたので

お兄には長財布、これから車の免許を取る彼女にはキーケースを贈ることにした。

外側と内側の皮色を選んで、名入れも出来る。更に私がオーダーメイドで作りましたよと分かる、

「produced by kanami」と書かれた帯も付く。

彼女のキーケースの内側にはお兄が好きなターコイズブルーを差し色に入れて作った。

人ともサプライズプレゼントにかなり驚き、とても喜んでくれた。

 

因みに、↑お店は「JOGGO」といいます。

 

私の場合は、タイミング良くプレゼントすることができましたが、何を贈ればよいのか悩んでいる方の為に以下にいくつか二十歳の贈り物として挙げておきます。参考までに。
 

 

 

印鑑

 

男性なら、あまり名字が変わることはない(とは言い切れませんが)ので実印を贈る方もいます。

お兄の場合は、祖母から実印のプレゼントがありました。印鑑登録も行いました。

 

 

時計

 

ブランド高級品が多いため、自分ではなかなか買えません。記念の一品に贈る方も多いようです。

 

 

スーツ

 

お兄の場合、一昨年の従妹の結婚式の際に購入したスーツを着用しました。

成人式の時にも着用できるよう考えて購入して正解でした。

 

 

現金

 

これは、もしかしたら一番喜んでくれるかも(笑)相場は、プレゼントの有無で変動があります。

しかも考え方、個人差もありますので一概にいくらとは言えないところですね…。

贈り物が思い浮かばない方は、何が欲しいか本人に確認するのも良し、

「これで欲しいものを買いなさい」と現金のプレゼントも良し。

 

 

どんな物であれ、我が子にはこれが一番と親が考えたものが正解だと思います。

敵なプレゼントを贈ってくださいね 🙂

 

 

 

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続き

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私なりの対処法

 

 

症状が出た時、いや、出そうになる時には「あ、くる」と分かるものがあった。

うまく説明できないが段々、体が変な感じになり前述した症状なるものが現れる。

この症状が出る前に、何かしら他のものに自分を集中させる事で気を紛らわせていた。

飴やガムを食べる、飲み物を飲む、身体を動かす、精神安定の掌のツボを押す、など。

身体を動かす事に関しては、私の場合は「整理整頓」と「掃除」「ヨガ」だった。

台所周辺、シンク下、部屋の片づけ。夜中に症状に襲われた時がとても大変だった。

睡眠不足も大敵だが当時はそれよりも症状に襲われることの方が恐怖だった。

ヨガは「月のリズム」を勉強し、それに合わせて行った。女性の身体は月の満ち欠けにとても影響がある。ヨガの時に行う腹式呼吸は、副交感神経を優位にし身体をリラックスさせるらしい。

そうやって気を紛らせながら過ごした。

あとは、身体を冷やさないように心掛けた。

これまでは、冬でも素足で過ごしてきたしこれといって温活など試したことなどはなかった。

「冷えは万病のもと」とは昔の人はよく言ったもので全ては「冷え」からきている。

冷蔵庫の中の飲み物は常温で飲む、氷を入れない、レッグウォーマーをする、

シャワーだけでなく40℃前後のお湯に半身浴、など。

レッグウォーマーは、夏は素材を考えて夏用のレッグウォーマーを使用。

レッグウォーマーだけでなくネックウォーマー、アームウォーマーも使用。

足湯を行う。足湯はそれだけで身体がポカポカになる。

ごぼう、レンコンなどの根菜を食べる。

漢方薬を飲む。漢方は長期間飲み続けないと効果が出ないと言うが、

自分の身体と漢方薬が合致すると効き目は早い。

昔ながらの「命の母」、これが私にはピッタリきた。血の巡りが良くなり肩こりも解消され、目のかすみがなくなった。

心身ともに安定し、1瓶飲み切るころには、だいぶ落ち着いてきて2瓶目で飲みきり終了とした。

こんな感じで現在も私なりに温活を実践中。

 

 

断酒

頑張って「断酒」というより、自然に身体がアルコールを受け付けなくなった。

以前は、体調によって呼吸困難になっていたがそれが、お酒を飲むたびに苦しくなってきた。

その頃は年齢が40歳になる年で「苦しくなるのを分かっていて、

そこまでして飲みたくない」と普通の考えに至ったのがきっかけとなり、

ビール⇒ほろ酔い⇒ほろ酔い半分⇒甘酒豆乳⇒という過程を経て断酒に至った。

無理して止めたのではなく、本当に自然に止められた。

以前の私の飲みっぷりを知る周りの人達は私の断酒を聞くと皆、もの凄く驚く。

飲みの席で付き合い程度なら飲むが、それでもビールは飲みたいと思わなくなった。

沖縄に行った時もあんなに大好きだったオリオンビールを一口も飲まなかった。

 

 

  • まとめ

精神的なものは、個人の性格、環境などで大きく左右する。私はたまたま事が大きくならずに済んだだけ。

そうならないように努力しても気分が落ち込んでしまうこともあった。

この経験がなかったら「不安感」や「アルコール依存症」の症状は一生理解出来なかっただろうと思う。

人によっては、経験しなくても良い事の部類に入るかもしれないが私はこういった経験が出来て良かったと思う。

自分を見つめ直す機会になり、自分を大切にしようと、初めて思えたから。

 

☘今、昔の私と同じように苦しんでいる方がいたらその方に、

少しでも楽になってほしくて今回、記事にしました。

何かのヒントになれれば光栄に思います。

 

 

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ストレス発散の代償。

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2010年9月。私は体調を崩した。

多分、20年間のつけが回ってきたのだと思う。

 

 

殆ど依存症

 

私はビールが大好きだった。

これまで、よっぽどの体調不良でもない限りは毎日欠かさず飲んでいた。

仕事から帰宅し、まずは冷蔵庫を開けビールを一口。いや、3口。

それから夕飯作り、入浴、洗濯、洗濯物干し、昨日の洗濯物たたみ、

子供の世話、翌日の弁当作り、を同時進行で一気に行い21時には就寝。

帰宅して、ゆっくり腰を下ろすということは一切なく運動会のように走り回り、

その間350mlビール缶を2~3本は軽く飲んでいた。

ひどい時には、その後ハイボールを追加。角瓶を3日で飲み干すペースだった。

休日ともなれば、11時を過ぎると飲まなきゃいけないような気になり

昼間から普通に飲んでいた。

体調によっては、ビール2本を飲み終わるころに呼吸困難になってくる。

更に両腕両足に、じん麻疹が出てくる。

これは本当に体調によるので、こういった症状が一切出ない時もある。

呼吸困難の症状が出たら出たで、常備しているぜん息発作時に使っていた

気管支拡張剤の吸入をすれば治まった。そこまでしても、飲んでいた。

ところが、ある時この気管支拡張薬が効かなかったので立て続けに吸入した。

ナースにあるまじき行為である。その瞬間、貧血で倒れる感覚に襲われ、

そのままいたらスーッと死んでしまうのではないかという恐怖にかられ

フラフラになりながら起き上がり血圧を上げようと部屋をウロウロ歩き回った。

それでも倒れる感覚が治まらず怖くなり長男の部屋に飛び込んだ。

私がこのまま死んでしまったら、翌朝発見するのは子供達なのでそのショックだけは

避けなくてはいけないと思った。後に循環器を受診した時に、この気管支拡張剤で

命を落としている方が年に5人はいるとの話だった。

一命はとりとめたが、この時の恐怖感は以後5年先まで続くこととなる。

 

 

 

症状

 

冒頭で、20年間のつけと記したがストレス発散と称した「不摂生」である。

自分で自分の身体を壊した。壊している事に気づかなかった。

初めてこの説明のしようがない「不安感」というものに「り患」し、

初めてこの怖さを経験した。不安感に襲われると自分では、どうしようも出来ない。

この気持ちに潰されていく恐怖というものは、経験した者にしかわからない。

それでも私には仕事がある。子供も当時は、13歳と4歳。私だけが頼りだった。

この時期は本当に辛かった。TVを見ても全然頭に入ってこない。

むしろ、「また不安感が出たらどうしよう」とばかり考えていた。全然笑えなかった。

子供たちの顔を見ても、引きつり笑いにしかならない。

普通に会話していても何の前触れもなく涙が止まらなくなる。

布団に入っていても、不安感に襲われる。

通勤中のトンネルや雨、雪、などの視覚的な刺激や、何もしていないのにふとした時に

不定愁訴として、どうき、めまい、手の冷感、冷や汗、呼吸がしづらくなる、

倒れそうになる、そうなると負のスパイラルに陥る。

いつ起こるかわからないので、ビクビクしながら

毎日を過ごしていたが職場では、元気ないつもの私を演じた。

 

 

~~~~~次回へ続く~~~~~

 

 

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チック症③

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思い出した…。

この5年間、ずっと続いている事がある。

それは、「いただきます」「ありがとう」を何度も繰り返すこと。

「ありがとう」は良いとして…。

過去に「いただきます」を言わないで食事を始めることがあったので、

しつけのために言い続けていたせいかと考えましたが、色々調べてみると

どうやら違うようです。「言葉の繰り返し」という症状もあるようです。

多分、家庭内だけだとは思いますが平均3~5回は言います。

自分に言い聞かせているように言ったり、「いただきます言ったよね?」と

私に確認した後「じゃ、もう一度、いただきます」。

食べる物が変わるたびに「いただきます」。

「味噌汁いただきます」「みかんいただきます」。

まぁ、言わないよりは良いのかと思いつつも、ちょいと

言いすぎかなと 🙁

でも本人が納得するまでその都度「はいよー」と返事をしています。

とりあえず、こんなこともあったので記しておきます。

 

 

 

 

 

 

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チック症状②次なる症状。

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「ホ!」「フォー」「フ!」という発声、しかめ顔。

2017年12月3日 

いつ、どんな時、関係なく始まります。

ゲームしている時、車での移動中、私との会話中…。

決まった条件下ではない。

長男に続き、次男もひょうきんでふざけておとぼけをする時があります。

よろしくない事だと分かってはいても、「舌打ち」等、

耳障りな症状が毎日続くとやはり注意してしまう時もあり…。

後になって自己嫌悪に陥るという…。

なので、ふざけながら私の顔色を伺ってごまかしているようにも

見える時があるので、これが症状なのかどうか分からない時があります。

しかめ顔は説明しにくいのですが、何というか…。

「顔全体の伸び」みたいな感じで、これを「しかめ顔」というのか

分かりませんが、顔全体のストレッチみたいに伸ばすような動きで…。

一瞬、変顔になります。まぶたと眼球の動きもあるので本当に、

ぶっ飛んだ表情になります。これも、決まったタイミングはなく

急に始まるので、ビックリします。

本当。症状が出る度「このまま治らなかったらどうしよう」と、

ネガティブな感情を持ってしまいます( ;∀;)

でも、私が悩んで暗くなっていたのでは次男が心配するので!

努めて明るく、気にしていないように振舞います。

…でも、とても気になる…。

 

 

首を「ガクン」と後ろに倒したり左右に頭を倒す、うなづく動き。

2017年12月10日。

今夕から始まった新たな動き。これも、何をしている時などのタイミングはない。

私との会話中や、動画を見ている時など。

併せて、志村けんのバカ殿様の「アイーン」のような、口(下あご)を

前に出す動きと口を大きく開ける動きや小声で「あっ」という発声もある。

…あぁ…次々と出てくる症状…(ToT)

 

 

学校生活

このような症状が5年生まで続くとは、発症当初は思ってもいなかったです。

1年生の時から担任の先生との懇談では相談していましたが、この5年間

「学校では特に目立った動作はない」と言われて続けています。

家にいる時みたいな言動があれば気づかないことはあり得ないのに、

今まで共感された先生はいません。おそらく学校では、本人は我慢しているのでしょう。

(こういった症状は、緊張緩和時に出るとも言われているので)

休憩時間など、先生の前だけで過ごしているわけではないし

次男を監視しているわけではないので全て把握できませんよね…。

これがいじめの原因にならなければ良いなと、それが心配です。

もし学校で症状が出ているなら、周囲に理解を求めなくてはいけない

友達と近所で遊んでいて「フォ!」など自宅まで聞こえてきたりすると

「いじめ」が頭をよぎりますが、今のところ大丈夫そうです。

 

同じ悩みをお持ちのお母さん。

一緒に乗り越えていきましょうね^^

 

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